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隣に居てほしい本

前に書いた世界で一番尊敬する人っての姉なんですけどね。その姉が夏目漱石のこころ大好きだったんですよ。

 

こころっていうか先生が好きだったんですけど、単行本に加えマンガ版で描き手が変わる度に買ってたのでまあこころが好きでいいですよね。私は高校の授業で読んだんですけど、ま〜〜〜辛くて駄目でした。森鴎外舞姫も同様に。なんかこう、自分の中の汚い部分が外に出た結果あーあーあーと悪い方向に行ってしまうのが見てられなくて。一時期Twitterでもありましたよね、共感しすぎて辛くなりすぎちゃうの。あれです多分。

 

 

だから私は姉がこころすごい好きなのマジかよって感じでした。

でも思ってみると、本当に好きな作品って自分の本質を言い当てられてしまったり、自分の心臓目掛けてグザっと刺さって抜けなかったりさる作品じゃないですか?

 

私今現在一人暮らし初心者で、実家から何冊か本を持ってこうなったんですよ。私も姉も西尾維新オタで、私は物語シリーズ全巻揃えちゃってるんですけどそこから数冊ーって選んだ中の1冊が終物語上でした。

嫌なんですよね、老倉さん。自信過剰で独りよがりで周りを見下してそれ故に周りの意見を聞かず失敗してしまうキャラクター、嫌なんですよね。老倉さんなんて見てて(読んでて?)あーーーやめてやめて痛い痛い痛いってなって嫌なんですよね。

じゃあなんで嫌いな老倉さんばっかりでる終物語を選んだかっていいますと、老倉さんの言った台詞です。

 

「私が嫌いなのは、幸せの理由を知らない奴。自分がどうして幸せなのか、考えようともしない奴」
「自力で沸騰したと思っている水が嫌い」
「自然に巡ってくると思っている季節が嫌い」
「自ら昇ってきたと思ってる太陽が嫌い」
「人は誰かに助けてもらわなきゃ幸せになれない。そんなこともわからない馬鹿が、嫌いで嫌いで死にそうだ」

 

こーーーーれなんですけど、ずっと心に刺さって抜けないんです。老倉さんの言うこの嫌いな奴ってまんま私なんですよね。自分の本質だけをえいやっと狙って言われた気がして心拍数が上がります。だから楽しい時にこそふと思い出します。私の隠してある本質なんて嫌いで見たくないのに、ふと読みたくなります。私はこんな奴なんだとふと思い知らされたくなります。お前はそんなお綺麗な人間じゃねーぞと言われたくなります。終物語上はそんな本です。

 

 

まあそれで結局何が言いたいかって、姉にとってのこころもそんな存在だったんじゃないかと思うわけです。人それぞれに何かシンパシーを感じてしまう本があって、多分それはその人の本質に何かしら近いことが書かれてる説明書なのかもしれないです。それを否定するってことは遠回しにその人の本質も否定してしまってるのではないかなーと思ってしまいました。大袈裟ですけどね。

 

 

 

余談ですけど、好きなキャラクターは自分に似てるとか言いますけど、嫌いなキャラクターも自分に似てますよね。なので老倉さんは私にそっくりさんです。